人生の勝算を読んで自分の動機を追及できる生き方っていいよねと思った

ちょっと前に自営をしている知人に何かいい本ないって聞いて勧められた本。この手のビジネス本は意識高い系に見えて敬遠しがちなので勧めてもらってよかった。
 

人生の勝算とは原体験に紐づく、揺るぎない大きな志です。人生を通じて追いかけたい夢です。その志や夢が、会社のビジョンや日々の活動という状態です。
根拠などなくてよいのです。自分が信じた「人生の勝算」を持てること自体が、人生における幸福度を増幅させます。 (P236)
 
人生に勝ち負けなんてない。死は万人の終着点であり、地位も富も名声も絆もすべてを僕らから奪い去っていく。にもかかわらず勝ち負けに縛られるのはそっちの方が生の実感を楽に感じることができるからなんだろう。
 
でもそれってどんぐりの背比べなわけで誰にでも追及できる生き方ではないよね。
だって勝率10割の生き方なんてあり得ないから。生まれ落ちる時代とか環境で決まっちゃうから。小さいコミュニティの中で競い合ってもしゃーないじゃん。だからと言って俺なんてて自分を負け犬に貶めて卑下して生きていくのも嫌じゃん。
 
この本で人生の勝算って言葉を前田は使っているけど、これって言い換えれば自分の原体験を追求できるリソースをオレは持っているってことなんだよ。
リソースてのは金、仲間、マインド。原体験ての幼少期からオトナになるまでの間に触れた世界観。それに対して自分はどうありたい・あるべきか。その想いを追求できているか。
 
幼少期からオトナになるまでの間に触れた世界観とその世界観に対して感じた自分の思い。すっごい乱暴な例えだけど、幼いころ極貧で苦労した子供が大人になってビジネスの世界でめっちゃ成功して財産を築くとかそれだよね。子供のころ経験した貧乏な生活が本当に嫌で、だからお金を稼ぎたいんです!・・・みたいな。
 
過去のない人はいないし、すべての人に原体験はある。それがポジティブなのかネガティブなのかはわからないけど。自身の経験や感情に基づいた動機があって、それゆえに世界を変えたいと願い行動する。
大きくても、小さくてもそこに向かって生きていけるなら、努力できるなら、その人生は不幸ではないと思うんだよね。
 
誰かの真似でもない自分の人生を生きる。原体験に基づいた動機を、理想を追求できる。勝敗の枠を超えて誰もが追求できる一つのより良い生き方があるとこの本は示していると思った。
 
もちろん不幸でないで終わるのではなく、幸せになりたいなら、目に見える、世間に示せる成果は必ず必要。そこは忘れないでおく。

この一瞬に危機感を持って生きる

裏切れない人っていますか?って聞かれたのは就職活動の時だったけか。

当時は曖昧な言葉で濁したけど、そんなひといないってのが本心やった。

大学を卒業してからもうすぐ干支が一周するけど、今になってこの問いかけをふと思い出したの、しんどい時とか、手を抜きたくなった時に自分の中に明確に2人の顔が浮かぶようになったからだからだと思う。

自分を信用して応援してくれる人。彼女・彼の期待に結果で応えたいと思う。

そういう人に人生で出会えたことは幸運やと思う。

感動や感情はすぐに逃げる。

やからこそ今のこの気持ちをここに残しておく。
いまこの瞬間からオトコとして一つ上を目指す。

感情で考えることって大事だと思った

この間知り合いと一緒に服を見に行ってきた時のこと。
この人はツイッターで知り合った人なんやけどたぶん僕の知り合いの中で一番服のセンスがいいと思う。
その人から買い物中に言われたのがこの言葉。
 
買い物付き合ってくれって来てくれる人ってみんな服を選ぶ基準が長く使えるかとかトレンドに左右されないかとかなんすよね
もっとデザインがこれカッコいいとか直感で選べばいいのにもったいないですわ(関西弁
 
これ聞いたときにたしかにって思った。てかこれまんま感情で考えているか、理性で考えているかの違いじゃん!って。
自分自身の実体験がそうなんだけど、モテない男子っては圧倒的にノリとか共感が足りていないってことがある。
なんつか言動や表情がひたすら暗いorネガティブw
もちろん人によって事情も違うしこの手の話は挙げだしたらキリがないんやけど
 
で振り返ってみると自分はまだまだロジックで物事を考えていたんやなと反省した。
いや論理的に、理性的に考えることが全然だめってわけじゃないんけど。
 
ただ人は感情で動くのも事実。
ディズニーや旅行、アイドルの握手会、新車を買う。どれも機能より楽しいっテンション上がるって感情にお金を使っているよね。
相手の気持ちにきちんと共感したいなら、相手といい関係を作りたいまら相手と同じような気持ち・体験をするのが近道。
 
自分でビジネスやってお金を稼いだり、気になる女の子を口説いたりするためには感情的に考える必要がある。
なぜこの人たちはこれにお金を使うのか?彼女たちはどんな気持ちで何を考えているのか?
ロジカルに考えて発信するだけでは相手の共感を手に入れることはできないんやよな。
 
そやから感情で物事を考えようって思った。

成果を出したいのなら才能とかセンスて言葉を無視すべき

才能やセンスの有無が問われるのはどの分野でも上位10%に入ってから(羽海野チカ)

 

いい言葉だなー。何かを途中で諦めてしまう人、やりきれない人で才能を理由にしている人って結構いるよね。けどそうじゃないよね。才能は大事だけど、

てか最後は才能とか持っているもの勝負なんやけど、

そこまで行くには才能以外の物も必要。

むしろ才能がなくても努力や運、人との出会いで上位10%までは行くことが出来る。

そう自分は解釈している。

 

でそこまで夢中になれるor情熱を、努力を注ぐことができるものに出会えたのならそれはとても意味のあることだと思うんだよね。少なくとも才能とか地頭の良さなんてくそくらえだだよね。むしろマインド鍛えて、努力と思考を行動に注いでいきたい。

 

天才はあきらめた(山里亮太)

成功したいと願う陰キャが身に着けるべきメンタルの鍛え方

最近知ったことなんだけど、どうも性格の良し悪しは成功するかどうには関係ないみたいなんだよね。というか性悪だろうが、善人だろうが結果や成果を出す人はみんな共通した考え方・無意識を持っている。いわゆるコンフォートゾーンを引き上げるというやつ笑


この本はいわゆる性格の悪い人や陰キャと呼ばれるタイプの人間が、その陰険な性格を変えることなくいかにして成長し、成功を掴んでいくかというノンフィクション。
ジャケ買いだったんだけど、とても参考になった。なぜなら僕も根っこは陰キャに近い部類だから笑

 

何が良いかって嫉妬したり、誰かのせいにして現実逃避する思考の悪循環から抜け出すための癖付けをリアルに知れるところなんだよね。

 

「脳内にはありとあらゆる過去の自分の失敗や、他人の成功などを引っ張り出してゴールを目指さないようにささやいてくる逃げさせ屋が現れる。
そいつが出てきた時は、シンプルに”うわ逃げさせ屋が来た!じゃあこれを無視したら何者かになれるんだ”と声に出して作業に取りかかる。
僕は逃げさせ屋を無視するという形で戦ってきたのだと思う。」

 

負の感情を燃料に頑張るっていうとカッコよく聞こえるけど現実に実践できている人ってやっぱ少ないよ。少なくとも僕は出来てない方が多いw感情ってすぐに逃げるものだから。だからこそこの本はええなと思ったし、今日からの僕の日常に取り入れていきたいと思う。

 

メイド諸君を久しぶりに読み返してみた

メイド諸君

自分に自信がなくて、けれどそれを克服しようともせず、それどころか言い訳並べてダメな自分をひたすら守ろうっていう作品。

メイド諸君といえばあの名言が有名だけど※知りたかったらググってください
自分的に刺さったのがこのセリフ。

 

「お前の世界にはお前しか存在しないんだな」

 

自分という人間を満たすためで必死な人間て今も昔もいるよね。
自分の気持ちがキャパが満杯で相手の気持ち・感情まで気が回らないw

 

あとはこのセリフも秀逸だよね

 

「自分が相手を大切にしたいか、好きかどうかじゃなくて、自分に構ってくれる、やらせてくれる相手で自分を確かめているだけ」

 

こういう人って男女問わず現実社会に普通にいる
ただここで皮肉なのは主人公の女の子がダメダメな男の子を大きな愛情で受け入れてしまうこと。相手の在り方や考えを丸ごと受け止めるのが愛情って言えば聞こえはいいけど、けどこのラストはいつ読んでもしんどいな。
やっぱり打算的だろうと一緒にいてお互いの人生がよくなる関係性が一番だよ

 

呼んでてすごいストレスを感じるマンガ
けどときどき本棚から取り出すのは反面教師しているからかな。
余裕がないときとか、僕ら自分勝手な理由を相手に押し付けがちやしな。

自分を満たすためでなくて、目の前の大切な人を満たすために毎日を頑張りたい

自意識からの卒業ってマジ大事だと思う
 
人が頑張る時の動機とかモチベーションって2パターンあるよね。
 
自分のためと相手のため
 
この場合の自分のためってのはコンプレックス克服して自信を持ちたいとか、学歴・キャリアアップして周囲から認められたい・可愛い女の子とヤリたいとかそういうはなし。
 
要は承認欲求を満たしたいってこと。
 
誰かのためってのは相手の話に耳を傾けたり、ちょっとした気遣い、メンタルケアがそれだよね。
 
一昔前の昭和的価値観でいうなら大企業や自営でバリバリ稼いで家に家族を養うこと・子供にいい教育を施すことなんか典型だったのかもしれないね
 
僕自身はこれまで自信の無い自分をどうにかしたい人間だった。
 
学歴コンプを無くしたくて、国家資格試験合格したり、女性経験の少なさから好きになった女の子をちゃんと口説けなくてマッチングアプリでネトナンしたり。
 
ただそれももういいかなって思う。
 
っていうか動機を自分だけに据えるのは危ないなーって思うようになった。
 
自分のために頑張れば頑張るほど頑張っていない人間にイラついたり・彼らを見下したりするようになりがちなんだと気づいた。
 
あとは非モテのヤリチン化とか。
 
色んな女性とかひたすらホテル行きまくって自分の中にある心の穴・承認欲求を満たそうとする男性とかを目の当たりにしてヤバいなって思った。
  
自分をよく映すための道具として女性を他者を使うのはやっぱり気持ち悪い。
 
 
最終的には好きになった子の良いとこも・悪いとこも丸ごと受け入れて一緒に生きていきたい。
 
もちろんスキルを磨いたり・仕組みを作って金も稼ぐことも怠らない(当たり前
 
ただし「オレは金を稼いでいるんだ」っていうだけで大きな顔をするんじゃなくて大切な人をケアできる男性を目指していきたいな